相模原巡検<2002年7月16日>


テーマ:
「段丘地形と堆積物から相模原台地の変遷を学ぶ」

コース:
※本来なら露頭や涌水を見て回るはずだったが,台風直撃のため博物館内の展示と資料保存庫の見学だけにとどまった.


目的:
相模原台地の変遷を事例に,古環境の復元にはどんなデータが有効であるか,また,地層および堆積物は過去のどんな出来事を語っているのかを見分ける知識と思考力を身につける.

相模原の概要:
明治時代,上溝では生糸や繭の取引を目的とした市場が誕生した.昭和初期までは養蚕が盛んであった.昭和になると陸軍関係の施設や工場が次々と建設され,日中戦争をきっかけに相模原は軍事的重要性を増していき,戦後の今でも一部は米軍基地となっている.
また,高度成長期以降の車社会を反映して,大きな道路沿いにはファミリーレストランやコンビニエンスストアが多く立ち並んでいる.昭和50年代以降,相模大野・橋本駅周辺に大型商業施設が進出し,市の中心商業地になっている.


相模原を中心とした広域的な地質図.

博物館近くの国道16号.帰りは曇っていた.

相模原台地の変遷:
地球では,100万年ほど前から氷期と間氷期を繰り返してきました.12万年ほど前の間氷期では,相模川は今の境川のあたりを流れ,海は厚木のあたりまで入り込んでいました.氷期になると,氷河が多くなり海面が下がります.相模川は上流からたくさんの砂礫を運び,相模原に広い扇状地を形成しました.同時期に,箱根山が噴火を繰り返し,火山灰や軽石が降り積もりました.氷河がさらに多くなると,海面もさらに下がり,相模川の河口近くに深い谷がつくられ,相模原には段丘が形成されました.そして,台地や段丘に富士山が火山灰を積もらせました.やがて,高緯度の氷河が解け,海面が100m上昇すると,厚木の少し下流まで入り込んできました.一方,相模川の上流では台地を削って深い谷がつくられ,川の運んだ土砂で入り江は埋められ,三角州が広がりました.このようにして,相模原の地形は変化してきたのです.
(資料:相模原市立博物館常設展示解説書)


相模湾と東京湾:
相模湾と東京湾の違いは,相模川と多摩川の違いと言い換えることもできる.共通点として,上流からの堆積物によって扇状地と台地を形成していることである.ところが,相模川のほうが段丘面の数が多摩川に比べ非常に多い.それだけ多くの変動をしてきた証だろう.相違点として,相模川は河口から数kmで海底が深くなるが,多摩川は東京湾をでるまで浅瀬である.また,相模川は相模トラフのすぐ近くにある.つまり,相模湾はプレートの沈み込み帯に属しているのである.東京湾は,古利根川の堆積物によって浅い.


貝塚先生の資料に興味を示す学生たち.

地図なども保管されている.

採取した試料はこのようにして保存される.


巡検を終えて:
 当初の目的は巡検であったが,結果的に博物館内だけになってしまったので非常に残念である.授業中はかなり突っ込んだことしていたのに巡検が台風とはどうなのだろうか.地形関連だけでなく,郷土の歴史や遺跡,生物などの展示もあったのでそれはそれで良かったと思う.資料の保存庫を見学していたときに,あの貝塚爽平先生の残した論文や地図などの資料もお目にかかることができた.近く,整理すると言っていたが相当な量なのでいつになることやら.


案内者:
町田洋(東京都立大学名誉教授)

関連サイト:
相模原市立博物館